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犯行時、なぜか廊下で見張り役をしていた岩鼻まゆみ

息子の事件が起こった同日、岩鼻まゆみが、まるで殺害現場の見張り担当であったかのように、息子の病室の廊下に立ち、ドアの窓から中を『観察していた。』と告白しています。

見張り担当であったのでしょうか?

 

しかも、この日は、12月28日の金曜日。インフルエンザで患者が溢れ、看護師が足りないと言っていたはずなのに、中には、樋口という看護師が立ち会っていたというのであれば、わざわざ、看護師長である岩鼻まゆみが、ドアを閉めて廊下に立ち、小さなカーテンなついた小窓から、「観察」、つまり、病室内をのぞき見し観察する必要があったのでしょうか?

看護士とは思えない、あまりにも不自然な行為には、ショック以外ありません。

後日、岩鼻まゆみは、『息子の呼吸が停止する状況を、廊下に立ちながら観察していた。』と言ったのです。

以下は、その時の会話内容です。

母親 『医療カルテに書かれている内容について若松先生に聞きました。若松先生が、息子は、頭にビニール袋を被せたときに嫌がって大声を出した。って言っていました。そしてその後、頭にビニール袋を被せたときに間違って呼吸が停止した。と言っていますが、そうすると、その一部始終を岩鼻婦長は、廊下から観察していたという事ですか?』

岩鼻 『若松先生が、そう言ったんですか?間違って呼吸停止したっておっしゃったんですか?』
 
母親 『そうです。すべて告白してくれました。』

岩鼻 『そうですか。それは、若松先生に聞いてみます。』

母親 『でも、岩鼻婦長は、頭にビニール袋を被せた時、2回とも廊下の窓から見ていたっておっしゃっていましたよね。と、いう事は、息子が大声を出して嫌がった時や呼吸が停止した時も、観察していたという事でしょうか?』

岩鼻 『若松先生に聞いてみます。』

母親 『岩鼻婦長のおっしゃっているように、頭にビニール袋を被せた時に見張っていた。と言うのでしたら、息子が大声を出して抵抗したときも呼吸が停止したときも見ていた。という事になりますよね。』

岩鼻 『ここでは返答ができません。若松先生に聞いてからお返事いたします。』

母親 『そんな馬鹿な話しってありますか?なぜ隠すんですか?この行為のどこがペーパーバッグ療法なんですか?』

結局、岩鼻婦長は、若松先生に確認すると言って電話を切ってしまいました。

岩鼻まゆみは、すべてを知りながら、これらの殺人未遂?若しくは殺人未遂の未必の故意の行為の直後に、私の携帯に電話をしてきて、初めて話す私と主人に対して、

嘘を嘘で繕い、計画的に犯罪行為を実行できる人々の真意は図り知ることもできません。

若松太の言っていた、『私は軍医なんですよ。自衛隊で訓練を受けています。上司から言われれば、すべて実行しなくてはならないんですよ。』という言葉が、今でも、耳から離れません。

​詳しくは、若松太の告白の経緯をご確認ください。

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